平成29年5月19日
弁護士 藤 野 恵 介
答え 合意ができた時です。
1 具体例
取引先との間で,見積書のやりとりはしたが契約書は作成していないとします。その時点で取引から手を引くことは契約違反にあたるのでしょうか。注文主からすれば,他に条件のいい注文先が現れたのでそちらに注文したいという場合が考えられます。他方,受注者からすれば,見積はあげたものの,他の案件で手一杯になり断りたい場合が考えられます。
2 契約の成立時期
契約は,合意により成立します。契約「書」は,合意に至ったことを証明する証拠にすぎません。したがって,契約書作成前であっても,合意に至っており契約が成立しているといえる場合も考えられます。しかし,一般的には,契約書が作成できていないような段階では未だ合意に至っていたとはいえない場合が多いでしょう。そういう意味で,契約書はとても重要な証拠です。
3 取引慣行
このように,契約書は合意に至っていたことを証明する重要な証拠ですが,そもそも契約書を作成しない取引慣行もあるのではないでしょうか。例えば,見積書をあげてゴーをもらって直ちに発注にかかる場合が考えられます。このような取引慣行においては,常に契約書を作成していないのですから,契約書作成より前の時点で合意に至っていることになります。今の例でいえば,見積書に対して注文主がゴーを出した時点が合意に至った時点になります。この場合は,ゴーを出したことを証明する証拠が重要になります。メールの場合もあればサインの場合もあるでしょう。
4 契約成立前過失
例外的に契約成立前であっても責任が生じる場合があります。契約成立前の過失といいます。例えば,御社に特殊な加工の依頼があったとします。注文主からは御社に間違いなく注文するという前提でオリジナルの加工を求められ,それに応えるべく多額の費用をかけていたところ,突然,注文主から断りの連絡が入ったとします。このとき,合意に至っていなかったとしても,ほぼ合意に至っていたと同視でき,かつ,注文主の不誠実な対応により不当に高額な費用がかかってしまったといった事情があれば,そのかかった費用を損害として請求できるかもしれません。ただし,契約成立までは契約するか否かは自由ですので,あくまでもこのような責任が認められるのは極々例外的な場合と考えてください。
5 対策
契約書を作成するべきです。契約書があれば,遅くともその時点で契約が成立していたことは証明できます。契約書が作成できない場合も,少なくとも交渉経緯を残すことくらいはしておくべきです。
※なお,ここでの記述は,あくまでも私個人の意見ですので,その点,ご了解ください。
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